「今こそ新たな対中戦略の構築を」 | 新外交フォーラム New Diplomatic Forum 代表 野口東秀

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「今こそ新たな対中戦略の構築を」

川村 純彦(岡崎久彦研究所副理事長、元統幕学校副校長)

 大国となった中国が狙うのは、広大なアジア・太平洋地域を中国のルールで管理すること、すなわち「覇権」である。

 そして今、中国は習近平主席が提唱する「中華民族の偉大な復興」という夢の実現を目指して、大陸国家であるにも拘わらず「海洋大国」の建設に向かって邁進している。

 中国にとって海洋大国の基礎をなすのは海軍力である。80年代半ばに劉華清海軍司令員は、敵を海上で撃滅するため「近海積極防衛戦略」を策定し、それに必要な強力な海軍力を作り上げるための計画を示した。

 それによると、2010年までに第1列島線(日本列島、南西諸島、台湾、フィリッピン、インドネシアの諸群島を結ぶ線)の内側の海域で敵の行動を拒否(A2:海域拒否)できる能力を、2020年までに第2列島線(伊豆諸島、小笠原諸島、グアム、パプア・ニューギ二アを結ぶ線)の内側の海域で敵の接近を拒否(A2:接近阻止)できる能力を、また2040年までに太平洋とインド洋で米海軍と肩を並べる海軍力を建設するとしており、その計画は着々と進められている。

 海軍力建設に着手した中国が学んだ重大な教訓がある。それは1996年3月の台湾海峡危機、すなわち台湾国民による初の総統選挙を阻止するため、「演習」と称してミサイルを台湾近海に向けて発射し、威嚇した事件である。「演習」の中止を求めた米国に対して中国人民解放軍副総参謀長熊光楷中将は、チャールズ・フリーマン米国防次官補に対し、「台湾問題に米軍が介入した場合には、中国は米西海岸に核兵器を撃ち込む。米国は台北よりもロサンゼルスの方を心配するはずだ」と述べ、核で恫喝して米軍の介入を牽制しようとした。

 しかし、中国に弾道ミサイル潜水艦による信頼できる核抑止能力がないことを知っている米国は、中国の恫喝を無視して2個の空母機動部隊を派遣した。  核抑止力で米国に劣る中国は、それ以上の対応がとれず、「演習」を終結した。

 その結果、総統選挙は無事実施され、台湾の民主主義が始まったのであるが、それは中国にとっては苦い教訓となった。

 中国は、台湾海峡危機において空母の脅威を直接体験したことから次の3つの教訓を学んだと考えられる。

 第1は空母の接近を阻止する手段の獲得、第2は大国としての地位を保つに必要な空母の保有、そして第3は、弾道ミサイル潜水艦(SSBN)による信頼できる核抑止力の確保であった。

 現在、これらの教訓はそれぞれ、中国におけるA2・AD戦略の発展、航空母艦の建造、新型弾道ミサイル潜水艦(SSBN)の建造と南シナ海の聖域化の試みとなって出現している。

 中国は、海洋大国として米国に対抗するため海軍力の建設を急ピッチで進める一方、南シナ海や東シナ海においては時間をかけながら自国の勢力圈の拡大を図っている。

 まず、米海軍に対抗するためのA2/ADの建設においては、主として長射程の対艦弾道ミサイルの開発や潜水艦の増勢等によって強力な米海軍空母機動部隊の接近を阻止する(A2)と共に、自国周辺海域での米軍の行動を拒否する(AD)能力を強化している。このような海軍力の増強と並行して、自国周辺海域での米軍の行動を牽制する動きと同時に、これらの海域の現状を自国に有利に変更するため、自由、民主主義、法の支配といった普遍的な価値観や国際的な慣例、既存のルールを無視して、力を背景に相手に圧力をかける方法で領有権や管轄権に関する問題を有利に解決しようとしている。

 このように少しずつ現状を切り崩し、その積み重ねによって戦略環境を徐々に変えていく戦術は、「サラミ戦術」と名付けられている。

 その特徴は、挑発的な行動ではあるが、衝突が大規模な武力衝突にまで拡大しないよう留意しつつ、時間をかけながら規制事実を積み重ねて領有権の獲得や管轄海域の拡大を図ることである。

 中国が行ってきたサラミ戦術の実例を見てみよう。

 南シナ海には水深3千メートル以上の海域が数か所あり、海南島には大型の海軍基地があって、中国が常続的にSSBN を展開させるには最適の海域であり、確実な対米核抑止力を確保するために必要不可欠な海域である。

 南シナ海においては、中国は国連海洋法条約の解釈上認められない「9断線」を根拠に南シナ海のほぼ8割の海域の管轄権を主張している。

 南シナ海においては、散在する島嶼や岩礁の領有権をめぐって複数の沿岸国が絡んでおり、個別に既成事実を積み重ねられることから、中国は「9断線」内のすべての島嶼や岩礁の領有権を主張し、武力を背景に次々と実効支配を固めるやり方で勢力圏を拡大しつつある。

 中国は、ベトナムから米軍が撤退した直後の1977年に西沙諸島の永興島(ウッディー島)を、1988年には南沙諸島の赤瓜礁(ジョンソン南礁)をいずれもベトナムから武力で奪取して実効支配を続けており、2012年には永興島に西沙、中沙、南沙の3諸島を統治するため行政府として三沙市を成立させたると共に守備隊を配備した。同島には約2700メートルの滑走路も完成している。

 2014年1月には、南シナ海に一方的に漁業管轄権を設定し、他国が中国の許可なく漁業を行うことを禁止した。

 2014年5月から西沙諸島にあるベトナムの排他的経済水域内で、中国が石油探査を強行し、抗議するベトナム船に衝突し沈没させたため、ベトナムとの対立が激化た。

 フィリピンとの領有権争いも激化している。1995年南沙諸島のミスチーフ礁を占拠して施設を建造し、2012年から中沙諸島のスカボロー礁を実効支配、2013年南沙諸島の第2トーマス礁を包囲してフィリピン軍に撤退を強要、2014年に入ると南沙諸島のジョンソン南礁で大規模な埋め立て工事を実施し、レーダー施設、対空兵器、ヘリ発着場を整備した。

 南沙諸島の浅瀬であったフィアリー・クロス礁(永暑礁)では長さ3千メートル、幅200~300メートルにわたる大規模な埋め立て工事を行い、港湾施設を整備し、滑走路を建設するに十分な面積の人工島を造った。現在、約200人の軍関係者が駐留しており、さらに態勢を整え上で南シナ海に一方的に防空識別圏を設定する可能性は否定できない。

 フィアリー・クロス礁に航空基地が完成すれば、マラッカ海峡も中国作戦機の戦闘行動半径の中に入るので中国の戦力投入能力が強まると共に、南シナ海で中国だけが制空および制海能力を持つことにもなろう。

 南シナ海で米軍の行動を牽制する最近の動きとしては、2001年4月に海南島沖の公海上空で中国軍戦闘機に衝突された米海軍の電子偵察機EP-3が海南島に不時着した事件、2009年3月に海南島沖の公海上で起きた中国海軍情報収集艦、漁業監視船、国家海洋局の監視船、トロール漁船2隻が海軍海洋調査船「インペッカブルを取り囲み航行を妨害した事件が知られている。

 最近では2013年12月、米海軍イージス巡洋艦「カウペンス」の進路を衝突寸前まで妨害し、2014年8月には中国軍戦闘機が哨戒中の米海軍の哨戒機P-8の至近距離に接近し常軌を逸した挑発行動を繰り返した事件が報道されている。

 一方、東シナ海の状況を見ると、中国が初めて尖閣諸島の領有権を主張したのは1971年末であり、ECAFEが尖閣諸島周辺に石油、天然ガスが存在する可能性を公表した2年後であった。

 1978年4月、100隻以上の武装した中国漁船を尖閣諸島の日本領海に侵入させて政治的圧力を加えた以後、中国が尖閣諸島を力で奪おうとする動きはみられなかったが、2008年12月に中国「海監」の警備船が、わが巡視船の警告を無視して尖閣諸島の領海に侵入したのを契機として、その後中国は、海上法執行機関の警備船を次々と日本の領海に侵入させる方法でわが国による尖閣諸島の実効支配に挑戦を試みている。特に2012年9月わが国の尖閣諸島国有地化を契機に中国は、現状変更の動きは次第に活発になった。

 最近の「海警」等、中国公船の尖閣周辺海域への侵入隻数は、2014年の前半を除き2012年以降、毎月2桁である。しかし現在、中国は警備船の増強を進めており、兵力が増大するにつれて今後は侵入隻数が急増する可能性がある。

 一方、漁船による領海侵入も増えており、巡視船による退去警告件数も9月までに208件に達し、昨年の2倍以上に増加した。

 中国漁船は2014年9月中旬から第1列島線を越えて、第2列島線上の小笠原諸島周辺海域まれ進出し、その数は一時200隻以上に達した。11月下旬になるとほとんど姿を消したが、はるか中国から出漁した動機について、一攫千金を狙ったサンゴの密漁との報道が多かったが、尖閣諸島の領海警備に忙殺される海上保安庁の警備体制を挑発する狙いも否定できない。

 台湾問題に関して、11月29日に行われた台湾の統一地方選挙で、中国との平和統一を指向する馬英九総統の国民党政権が惨敗を喫した。その結果、中国は従来の「統一よりも平和発展」という融和的な対台湾政策を捨てて、強硬策も加えた硬軟両様の対応を図ることが予想されていたところ、早速12月6日には、中国軍内部で大きな影響力を持つ軍長老が「必要があれば、軍事手段で台湾問題を解決することも選択肢だ」と発言したとの報道があった。今後台湾情勢は楽観が許されず、次第に緊張が高まるものと考えられる。

 空においても、2012年12月、中国国家海洋局の航空機1機が初めて尖閣諸島の領空を侵犯して以来、尖閣諸島に接近する中国機に対する航空自衛隊の緊急発進回数も4月から9月までの6ヶ月間で207回に達し、前年同期より58回増加した。

 2013年11月には、中国国防省が尖閣諸島を含む東シナ海の上空に一方的に防空識別圏を設定、この防空識別圏内で中国軍機が自衛隊機のみならず米軍機にも異常接近し、威嚇行動をとる事態が相次いだ。

 中国がわが国に対して、「尖閣に領有権問題が存在する」ことを認めさせようと迫るのには、まず尖閣の領有権争いで介入の足掛かりを得た後、尖閣諸島での実効支配の実績を蓄積し、最終的には東シナ海の沖縄トラフまでの大陸棚の支配を狙う中国の企みがある。

 国連海洋法条約の規定では、沿岸国に最大350海里までの大陸棚に排他的経済水域(EEZ)の設定を認めているが、中国大陸から延びる大陸棚の先端に位置する尖閣諸島を日本が領有していることは、沖縄トラフまでの大陸棚の管轄権を獲得して東シナ海を勢力圏に収めたい中国にとって最大の障害である。

 中国はかつて、台湾やチベット問題を「核心的利益」に係わる問題であるとしてきたが、2010年には南シナ海問題が中国の「核心的利益」であるとの公式発言があり、さらに2013年4月には中国外交部報道官が、「尖閣諸島は中国の核心的利益である」と発言するに至った。

 「核心的利益」とは、中国がどんな代償を払っても譲歩できない問題に用いる外交用語で、武力行使も辞さないという意味が込められており、大規模な武力衝突につながることも恐れないという強い国家意思を示す表現である。

 今後中国は、南シナ海および東シナ海において、戦力投射能力を急速に増大しつつある海空軍だけでなく、増強中の中国海警局の警備船や漁船を投入して沿岸国への圧力を強め、次々と既存の安全保障秩序の変更に挑むものと考えられる。ただし当面は、米国の明確な形での介入を招くような軍事力を用いた急激な現状変更には躊躇するであろう。

 中国としては、軍事力に勝る米国との本格的な対決は回避したいし、グローバル経済に依存している以上、国際社会から制裁を受けるようなことも避けたい事情がある。

 そのため中国は、相手国と衝突しても小競り合い程度に留めつつ、目立たぬよう注意しながら、時間をかけて既成事実を積み重ねることで、最終的に目的を達成するサラミ戦術を巧みに駆使しているのである。また、それと同時に現状を変革するための心理戦、世論戦、法律戦のいわゆる「三戦」も実施しており、例えば在沖縄米軍の駐留反対、沖縄に対する領有権の主張、沖縄独立運動への支援などの運動や工作を通じて日米同盟の分断を図っている。

 中国のこのように巧妙な動きは、米国のコミットメントに対するアジア・太平洋地域諸国の信頼を低下させる上で効果がある。領有権や海洋権益の現状を米国の介入を招かない範囲で変更していけば、結果的に米国のコミットメントに対する同盟国や友好国の期待は裏切られ、米国への不信感が高まれば米軍のアジアへの前方展開の維持も困難となる。

 このようなアジア・太平洋地域の安全保障秩序を根底から覆しかねない事態を未然に防ぐことができるのは日米同盟を措いて他になく、日米両国が果たす役割はきわめて重要である。しかしながら現在、日米いずれの国も中国のサラミ戦術に有効に対処するための総合的な戦略を持っていないのが実情である。

 例えば米国が整備しようとしているエアシーバトル構想は、サラミ戦術に対処する上で明らかに不適切な戦力である。米国防省は、エアシーバトル構想実現のために高性能の武器を重視し、兵力量は犠牲にしている。

 エアシーバトル構想の戦力は最先端の技術を採用した極めて高性能の兵器が主体であるが、量的には小さな戦力であり、広大な南シナ海や東シナ海を常時哨戒するに必要な大きな兵力には到底なりえない。また、中国がサラミ戦術に投入する兵力は軽武装の「海警」等の政府公船であり、これらに対処するための兵力に最先端技術の兵器を装備する必要ない。

 このまま放置すれば、漁民に偽装した海上民兵の尖閣上陸、尖閣領空への中国無人機の侵入、公海上での米軍や自衛隊の艦艇・航空機に対するさらなる威嚇、南シナ海での防空識別圏の一方的設定、ベトナム、フィリッピンとの対立の激化等の事態が遠からず生起することが十分に考えられる。

 日米両国は、強引な進出によって海洋の秩序の変更を図る中国に対して、そのような試みは絶対に容認しないという明確な決意を示必要があり、そのためには中国に代償や危険を意識させる具体的な対抗措置が必要である。

 その具体的措置のための新しい戦略には、次の内容を含むことが必要である。
① 自衛隊と海上保安庁の増強
②「領域警備法」等の国内法の整備
③ 米軍・米沿岸警備隊との協力の深化
④ 台湾やベトナム、フィリッピン等の東南アジア諸国への装備の供与、教育訓練支援、情報交換、共同訓練の実施等による能力強化支援
⑤ 南シナ海および東シナ海における日米共同哨戒の実施と有志国の参加奨励
⑥ 集団的自衛権行使のための関連法の整備
⑦ 米国による台湾への武器売却の促進と国民党政権の親中政策に反対する勢力への支援表明
⑧ 日本版「台湾関係法」の制定
⑨ 米国の多弾頭弾道ミサイルの米本土および日本への配備
⑩ 非核3原則の見直し
⑪ 日米同盟、豪州、インド、ASEAN諸国による海洋安全保障協力の推進
⑫ 中国の不法行為に関する情報の国際社会向け積極的発信

 我々は、尖閣諸島に対する中国の強引な領有権主張、沖縄における独立運動、小笠原諸島における中国のサンゴ密漁船団の出現等の動きは、中国のサラミ戦術の一環であることを見抜くと共に、日米同盟が中心となって豪州、インド、ASEAN諸国との協力体制を構築して国際的な場で問題の解決を図る努力も必要であろう。

 また一方で日米両国は、これら具体策の実施と同時に中国に対して既存の安全保障秩序を受け入れるよう促す努力を続けることも必要かも知れないが、米国のこれまでの関与政策が完全に破綻したことを見ても、融和的な政策によって中国にサラミ戦術を放棄させることは期待できそうにない。

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